東京高等裁判所 昭和33年(う)1230号 判決
被告人 中筋敏子ことトシコ・ハンソン
〔抄 録〕
論旨第一点について。
所論に鑑み、記録を調査し、起訴状記載の事実と原判決認定の事実とを対比検討するに、被告人に対する起訴状記載の公訴事実は、被告人は原判示ノーブル・トレーデイング・カンパニーの業務を手伝つていたものであるが、原判決別紙関税逋脱一覧表のとおり、昭和二十六年九月十五日頃から同年十月五日頃迄の間前後十九回に亘り、原判示中山こと小林誠人を通じてダイワ貿易商会に対し、原判示輸入物資たるアスパラガス外四種を販売し、税関の免許等法定の除外事由がないのに所定の通関手続を経ないで、原判示特殊保税倉庫尾張屋倉庫株式会社倉庫から右物資を擅に庫出し、以つて所定の関税を逋脱したものであるというのであるが、原審は、訴因変更の手続を履践することなくして、被告人は夫キヤロル・ハンソン経営にかかる起訴状記載の右ノーブル・トレーデイング・カンパニーにおいてその業務の手伝をしていたものであるが、右キヤロル・ハンソンにおいて、起訴状記載の如く、中山こと小林誠人を介し、保税倉庫在中の多量の輸入食糧品を抱えて資金難に苦しんでいた黄木吉経営の大和貿易商会の依頼に応じて、右カンパニーにおいて同商会より一旦右物資を買受けた上、関税納付の手続をとらずに同商会に売戻す契約を締結し、この契約に基き、一旦右保税物資を右カンパニーの私設保税倉庫たる尾張屋倉庫株式会社倉庫に庫移した後、前記年月日頃法定の除外事由がないのに通関手続を経ることなく、擅にこれを同倉庫より庫出販売して関税逋脱行為を為すに当り、被告人は右の情を熟知しながら、前記契約締結につき前記小林と折衝してこれを成立させ、その実行の段階においては、その都度販売代金を受領する等キヤロル・ハンソンの右関税逋脱行為を容易ならしめてこれを幇助した、との趣旨の事実を認定していることは所論のとおりであるが、右両者は基本的事実関係において異るところなく、公訴事実の同一性を失わないから、これを以つて原審が審判を受けない事件について審判した違法があるとの所論は当らない。
また、原審における審理の経過を見ると、被告人及び弁護人は右公訴事実に対し、被告人は夫キヤロル・ハンソンの前記店舖において妻として機械的に手伝つたのみで起訴状記載の事実は関知しないところである旨又は右店舖の経営主体は中筋一夫である旨等弁解して公訴事実を否認し、検察官は冒頭陳述において起訴状記載の事実に関する原判決摘示の如き本件取引の経過顛末、従つてその間の右取引に関する被告人の関与した行為を明らかにし、その後これらにつき立証を重ね、弁護人はこれに対する弁解及び反証に努めて来たものであり、原審における審理の中心は原判決に示された被告人の前記カンパニーにおける地位、前記逋脱の準備及び実行行為並びにその主体、行為の経過態様、被告人が右一連の行為の各段階において関与した行為及びその態様等に置かれていたものであつて、原判決認定にかかる被告人の行為の内容はおのづから原審における審理の対象範囲に包含されていたことは各公判調書を通じて明らかなところである。さすれば被告人の行為を以つて関税逋脱の正犯であるとの訴因に対し、原審が被告人の右行為を営業主体たる夫キヤロル・ハンソンの手伝としてこれを幇助したに過ぎないものと評価認定したとしても、被告人の防禦権の行使に何等実質的不利益を生ずる虞はなく、従つて本件において正犯の訴因に対しこれを幇助犯と認定するについて訴因変更の手続を履践しなかつたからといつて、訴訟手続に法令の違反があつたものということはできない。論旨は理由がない。
(谷中 坂間 司波)